|
今ゴメスと言ったら、ラッパーの青年の事だろう。
だが、ロック・バンド、ゴメス・ザ・ヒットマンはまだ活動を続けている。 本日、下北沢CLUB Que「帰ってきた下北フィーバー Vol.1」、カスタネッツ牧野氏復帰! 1番手のハックルベリーフィンは、楽曲の少年性とは裏腹に、M.C.の自由さが流石のベテランの味(笑)。 「え? この曲その時作ったんだっけ?」「その為のこのM.C.だと思ったのに、いつ話すのかと思って」 「何も考えてなかった」 2番手のゴメスの山田氏は、「元さん!お帰りなさい!」って純朴なコールしてたのに(笑)。 ハックルもカスタも、“かつて若者だったおじさん”だけど、ゴメスだけは、まるであの青年の頃のまま(※ルックスが若いという意味ではない)。 ついアルバム3枚セットを買ってしまった(その内の1枚「mono」は持っているというのに)。 タイプは全然違うけれど、ポップな曲と高い声という一点で、étéを思い出した(彼等はどんなおじさんになるだろう?)。 そしてザ・カスタネッツ! 滑舌に全く問題は無かった。 「拍子抜けするかも」と言っていた通りの安定のパフォーマンス。 良かった。本当に良かった。 城アラキ作品は、一貫して、人の心を汲む事の大切さを訴えているけど、汲み損ねた際の後悔についても描いてくれた。
「郊外、切り離された国」「いつまで続くのか分からない「三日間」」
ふと聴き返そうと思って手に取ったアルバム2枚。 高橋徹也「ベッドタウン」('98)とEI-ONE&はなび「三日間」('06)。 ジャケットの色合いがそっくりだ。 逢魔が時の色。どうしようも無い日常をこれ以上無く狂おしく歌い上げる両アルバムのイメージをよく表している。 今後は、夜中に近所をうろつく際にも、髭は剃っておこうと思った。
あーびっくりした。 「累」実写映画。
美醜どちらも美形のタレントを起用しなければならないというとんでもない制約の中での多分最善。 怨念と、自我の危機等の醍醐味、そして舞台演劇の雰囲気を極力表現していた、と思う。 ふざけてると怒られる、という事から考えれば、ユーモラスであったりコミカルであったりする事は反抗たり得る。
諸石陸さんは、反骨の人だ。 黒一点…他が女子ばかりの中での男子らしく繊細な印象…からの「魔貫光殺砲」は不意打ちだ(笑)。 「東京」というと好い感じのテーマを歌ってる曲が多い中、僕のはただ首都だから住みたいって言ってるだけです、とか(笑)。 本日10/10(水)、Sound Stream sakura。 弾き語り4人。 一緒に居られると思って買った柔軟剤が辛くて使えない云々…等、吉井ミキさんの歌った内容は切なかったけど、朗々と歌い上げられるその声が心地好くなってただ“音”として聴き入ってしまうのは、実は残酷な事なんじゃないか、とか思ったり思わなかったり。 葉月ゆかさんの「たけうちさんのうた」は「レシートのうた」中の人物目線のたけうちさん像が如何に呑気だったなものだったかを痛烈に示す。 自身の現在の心の揺らぎを反映しているのかもとも思ったりしたけど、御免なさい、一番手の河野唯さんを可愛い(確かに!)、可愛い言っていた葉月さんこそ綺麗だなぁ、とか、そんな事思って今日は観てました(←今迄思ってなかったって事じゃないです)。 p.s.マーカーは油性が滲むけど、ボールペンは水性が滲む。 ↑デザフェスの伏線 |
CATEGORY
≫ 私的 (30)
≫ 日記 (75)
NEW
COMMENT
TRACKBACK
LOG
PROFILE
LINK
TOOL
PRODUCE
BANNER
|
||