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先月のコミティアで、サークル、Lupine Heistから相原トール『WICKET! OVER1: クリケットのはじめ方』購入。
主人公が興味を抱いた翌日に、外国人教師による英語の授業でクリケットが取り上げられたり、下級生にイギリス人とのクウォーターでクリケット経験が有る子が居たりとか、トントン拍子で事が運ぶが、「あとがき」で作者も自嘲している様に、この第1集ではクリケットをプレイする所に至らない。how-to本の体で描かれている風なのに、実際のプレイ自体が描かれていない事が、第1集最大のオチとなっている(笑)。 ショートヘアの活発な少女が活躍するスポーツ・アクションは次回に持ち越しか。 所で、クリケットをポロやラクロス等と混同している者が出てくるのだが、僕の周りにも居たので、これは御多分に漏れずって事か。 そして…。 「攻撃側はボールでウィケットと呼ばれる的を倒し、守備側がそれを防ぐためにバットで打つ」 …そうか! 以前知人が、「野球は攻撃って言ってベンチに入っちゃう変なスポーツ」って言ってたけど、元々はやはりボールを投げる方が攻撃側だったのか。バットはボールから的を守る為の防具だったのだ。…凄く合点がいった。 と予備知識が入った所で今回はお開き。 次集では実際のプレイが観られるかな? ・http://the886lab.org/blog/ the 886 lab PRESS. 人のアイデンティティーはいつ年相応になるのか?
作曲家・彩木雅夫氏は、まさPを名乗りボーカロイド曲を発表するに至った。 作曲家として活動している内に、いつしか老人と呼ばれる年齢になり肉体が衰えた。ただそれだけだ。 先日ヘコメロンさんが観たライブでの岡村靖幸氏は、「もっと今のアーティストとして語られるべき現役の人だ」ったという。 それは嬉しく、そして切ない。 ・http://karent.jp/album/1325 ・http://hekomellon.blog.fc2.com/?no=49 『アフタヌーン』'13.11.、端野洋子「チェーンソー・ラプソディー」。
「“自分の正義”のために俺達に不幸になってほしいんだよ」(p485) 「誰の心の傷が一番深いか 他人が勝手に比べるような事増えた気がしない? …家族亡くした人が一番つらいと思うけど それでさえ亡くした状況とか色んな事情とかで ランク付けされてるみたいな…」(p508) …凄まじいバランス感覚…。 ・http://moradora.take-uma.net
Doraemon given. 2011年12月08日「【反省】アウトオブタイム」 最近ふと見付けたこの記事で、ychさんの「アウトオブタイム」を知り、それから毎日聴いているが、この「反省」を読んで、何故か思い出したのが、「予想もつかないタイミングで音が止まったり、理由の思いつかない位繰り返されるディレイ」って言葉で(速水直樹氏によるオーガスタス・パブロ「ザ・ヘヴィ&ミスティカル・ダブ・クリエイター」ライナー・ノーツより。パブロはそれとは違って…って主旨の文章)。 どういう事かというと、つまり、インターネット上に一般人がアップする完全に商売抜きのインディーズ音楽には、正解なんか全く無い訳で…って思ったって事なんだけど(モラルのハナシとかは有るけど)…。 ……なんてつもりで作ってると、聴かれない(苦笑)。 原作読んでないんだけど。
先日放映終了した「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」アニメ版O.P.は、ただただイタイの一言しか出ないこの作品のイメージをこれまたこれ以上無くイタく表現していた。 即ち、自身の主観は正に世界の全てと戦ってでもいるかの様だが、「実際には寝転がったままぶつぶつ言ってるだけ」(鎌やん『アニマル・ファーム』(コアマガジン、'00、p63))っていう。 身につまされる(苦笑)。 まる子ちゃんのTARAKO氏の様な声優さん(橘田いずみ氏)の喋り方は可愛かった。 南北アメリカ大陸に於ける黒人奴隷の一番の悲劇は、身分の違いと人種の違いが合致してしまった事だと思う。
奴隷制は世界中に在った。日本にも在った。 即ち、日本では、黄色人種が黄色人種を奴隷にしていた。 ヨーロッパでは白人が白人を、アフリカでは黒人が黒人を奴隷にしていた。 地中海世界は黒人も白人も普通に居る世界だ(古代ローマの拳闘奴隷を描いた技来静也氏の漫画「セスタス」参)。 アフリカの支配者層が、自分達の奴隷をヨーロッパの支配者層に売った。 こうして、白人の主人と黒人の奴隷が誕生した。 先日T.V.放映された「フリーダムランド」('06,米)を観る。 白人女性の子供が黒人居住地域で誘拐され、黒人刑事が捜査する。 差別の描写に過激さは無く、差別の実態を描くというテーマよりも、不可解な児童誘拐事件の物語として観てしまいそうになったり(捜索のシーンのB.G.M.が脳内でスミスの「Suffer Little Children」に差し替えられた…)。 しかし、そう見えてしまう事は認識不足なのだ。 「白人の真似してスーツなんか着込んでも、白くはなれないんだよアンクル・トムさん」 「俺も黒人だからって止められた事がある」 多くの作品でオミットされているこれ等の台詞が、この映画では有る。 子供の失踪だろうと何だろうと、捜査の際にはこのテーマが付き纏う。何にでも付き纏う。 その現実を描いたのがこの作品だ。 「8mile」と「ブルース・ブラザース」の違いは、後者はやはり幸福なファンタジーだという事だろう。 |
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