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プロフィールに「14」とあるが、これでイチヨウと読むのだろうか。
SAM.B改めIchi-yow君の香港映画ファン・サイト「deepmedeia JAPAN(http://yokohama.cool.ne.jp/zenkwando/)」は、1年近く更新されていなかったが、去る4/10にブログ(「deeplog JAPAN(http://blog.livedoor.jp/zenkwando/)が書かれ、一応まだサイト運営は継続されているらしい事が判ったので、その旨記しておく。 先日のコミティアより。
太郎『大人の社会科見学』(とこしえ工房)。 アサヒビール工場(神奈川工場)、サッポロビール工場(千葉工場)、警視庁、防衛省、ちえものづくり展、首都圏外郭放水路の各見学レポート集。 「申込が面倒くさそうとか、お金が掛かるのではと思われますが、ここに書いた所は全て無料です。申し込みもインターネットで出来ますので簡単です」(後書きより)。 特に、公的機関は、宣伝はしていないが見学コースは用意されているものらしい(!)。 太郎氏は批評本を得意とする同人作家で、漫画評論等も書いているが、論じる対象の要素をフラットに並列する正しい文章を書く人だ(…即ち、僕がこのブログでやってる事は多分に感情論によった感想文で批評ではない、と言われて然るべきものなので、気を付けて欲しい)。 よしもと新太『ななXひみ』vol.1(くれーんぼとる)。 女子高生漫才コンビのコメディー漫画。実はこういうの描いてなかったというのが意外。が、「女子高生漫才師」というパターンが氏の作品で初めてなだけで、いつものよしもと節だ。 ただ、氏が生粋の大阪人且つお笑いマニアであるという事を知っていると、主人公(の片方)が、東京を舞台にした世界観で大阪弁を喋るいわゆる“関西人キャラ”である作品を描くのはどうなんだ? とか思ってしまう(笑)。 アニュウリズム『がんばれタミコ!!』(シカクイハコ)。 氏の作風はいつの間にかトボケタカンジになってしまった…(笑)。 表題作の漫画もそうだが、後半掲載の「画材の違いによる、オッサンの顔の変化を検証」というのが(ともすれば)爆笑ものなので紹介する。 基本パターンは氏独特のシンプルなディフォルメをされた絵柄の中年男性キャラだ。それを「筆」で描くと、かなり写実的になり…って絵柄違ってるじゃん! キャラ違ってるじゃん! 「ボールペン」も同じく写実パターンで、「筆」の場合と、はっきりと異なる別人が描かれてる。「鉛筆」の場合も然り。それ画材の違いじゃないだろ!!っていう(笑)。画材サンプルとして全く機能していないというか、ダメだろコレ!! ああ、こんなギャグをかます人になってしまったのね(笑)。 氏の音楽は変わらずアンニュイで、それはコミティアにC.D.を買いに行けなくても、音楽人御用達サイト「MySpace(http://jp.myspace.com/)」で聴く事が出来る(アニュウリズム氏の名で検索すればよい)。 茶月夜葉『魔飼い』(阿佐ヶ谷村)は紹介しないのか? 今刊vol.15は僕の大好きなメイウが登場しないので紹介はナシ!! 前号で登場した新キャラ2人がスゲェ活躍していようともだ(ヒデェ)!! ・はいぶりっど電脳ぱーく(よしもと新太氏H.P.)…http://www.ne.jp/asahi/papepo/hbpark/ ・シカクイハコ…http://www5f.biglobe.ne.jp/~anyu/ ・阿佐ヶ谷村…http://www.netlaputa.ne.jp/~qapla/asaga/ インターネットの普及により、一億総表現者の世となった。
果たして、かつては少なからず一般にあったそれを訝る志向(例えば自己満足的な自己顕示への嫌悪感とかetc.)というのは、もはや完全にメイン・ストリームには無い。 …なんてのは今更言うまでもない。 佐伯薬氏はインターネット上でホームページを開設しつつのネット嫌悪派であって、その矛盾から絞り出す様な創作スタイルの為、大変寡作である。 それでも、この度自身を追い詰めひり出した新曲「Insensible」のアップにより、彼のサイト上で聴けるのは5曲に達した。 日記での発言等で、彼の極めてストイックな創作姿勢が分かるが、軽快なハード・ロックがその様にして鳴らされる事実を知り、襟を正すのもいい。 佐伯薬氏H.P.「廃墟で甘い葉っぱ」(http://www.geocities.jp/planetruin/) 男マンさん(「デジタルボウイズ」http://www.otokoman.com/)がネット・ラジオを始めた(http://www.otokoman.com/cat12/)。
氏は饒舌ではないが寡黙ではない、が、文章に於いて、僕等が何だかもやもやと抱いてるものを簡潔に言い表す事の出来る氏が、音声メディアで話し言葉で表現する事の意義はそこにあるか? とか考えないではなかった。同時に、手放しの期待感も抱いた。 …相方が世良敬。さんだ! これは嬉しい。何がって、厳しい批判精神はあるが情熱的なマン氏と冷静でニヒルな?世良氏の対談形式、この2人の会話は面白いのだ。雑談ではなくテーマを持った表現として意識的に行われるそれは、果たしてどうか? 何となくスロースターターだったのは否めない。声も少し小さいかも知れない。テスト・ショットたる第0回の方が声も大きくノリもイイかも知れない(苦笑)。だが…。 一聴すべし(第1回目のお題はひぐちアサ「おおきく振りかぶって」)。 p.s.男マン氏のサークル「デジタルボウイズ」は今度(5/5)のコミティアに参加する模様(スペース・ナンバー「つ29b」)。 因みに、僕も「時計屋(わ28a)」で参加。エキゾチック組合(http://www.geocities.jp/wel_mr/)の仲間の水凪樹君の小説本を出すよ。 面白いかどうかの前に、この設定は言うまでもないある1つの意味に於いて、存在そのものが有意義だ。
全く、何て悪趣味なんだ(笑)。が、図書検閲の厳しい世界という設定を冒頭のナレーションだけでさらっと済ませされても、違和感無く受け容れられるのは確かだろう。 いつか「マクロス7」について、アニメという文化系のジャンルに於いて描かれる無頼漢には余りリアリティを感じないがバサラは違う、という様な話をした気がするが、無頼漢でそうなら、“本”っていうものをテーマになんかしちゃった場合はもうカクジツにインドア派の論理で語られる世界となる。なのに、この「図書館戦争」は、図書の検閲やそれに対抗する、いわゆる憲兵の様な人達の物語である故に、寧ろ体育会系的であるのが面白い。 主人公は、本は好きかも知れないが座学は苦手な筋肉少女だ。 まだ2話目、今後どう展開するのかも、物語のテーマも、何も解らない(えっ、原作小説は最終巻まで出てるの?)。 ショートカット少女が憧れの謎の人物を「あの人」と呼ぶ所が、「ストリート・ファイター・ゼロ」シリーズを彷彿とさせるなぁ、なんてのは勿論余談だ。 原作漫画もテレビ・アニメ版もよく知りはしないのだが、「ネウロ」のアニメ版を初めて見た時、原作そっくりの絵だ!って、ちょっと感動した。
何というか、ぶっちゃけ、画力がアレな漫画をアニメ化すると、大抵イヤに垢抜けた感じになってしまうもので、即ち、ヒロインの女の子なんかもヤケに萌えな感じになってしまうもんだけど、「ネウロ」は原作のイマイチ華の無い絵を最低限整えてるだけな感じな所が、何か小気味好かった。 …っていうか、萌えなアレンジの施されない弥子ちゃんが作品内のみならず番組スタッフにも女の子扱いされてない感じがして、それが却って萌えた(笑)。 |
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