|
「ウミショー」アニメ化の報を知って脱力してしまったのは、余りに予定調和だったからで。それなら「おとぎのまちのれな」でも、最初の作品「イヌっネコっジャンプ」でもよかったじゃんと思う訳で(僕が「ヤンマガアッパーズ」信奉者だからじゃなくて)。
はっとりみつる氏の作品の特徴は、アキバ・オタク系の作風で体育会系の人達の物語を描いている所で。そんなギャグ・コメディなら他にもあるが、悪ノリの過ぎるコメディのまんま、インターハイへも行ってしまおうかというスポーツ漫画をきちんとやってる点が違う。 そうすると、面白いのが、如何にも非現実的なキャラであるヒロインも、なかなか強烈な個性を持った他の水泳部員達と同じ選手として並列にされている所で、リアル・バスケ漫画「スラムダンク」で、流川や桜木の様なキャラが他の選手達と同様現実的な高校バスケ選手として扱われているのと同じ醍醐味がある…無いか(笑)。 なかなか過激なエピソードとは裏腹に薄味な作品だが、アニメでは印象が変わるだろうか。 「シュガーヒルストリート」にスチャダラパーが出た回、ユウ・ザ・ロックが喋り過ぎていたのは、緊張感に耐えられなかったからに違いない。
ジブラもスチャも相当気を遣っていて、その緊迫感は、正にタイトなヒップホップ・アクト…なんて。率直な気持ち悪いとか不健全だとかって批判があったとして、それも予定調和。 サイプレス上野とロベルト吉野のアルバム「ドリーム」の「イントロII」、全てのラインの末尾を「よ」で揃えているのは、「外野でウルサいHATE」へ当て付けたものに違いない(…多分。だとするなら、「日曜月曜火曜水曜木曜金曜土曜」のラインは最高に小気味好い)。大丈夫、ヒップホップはまだ怒りに満ちている(…多分)。 あ、このアルバム、ナオヒロックまで参加してる。スゲェ(…って、L.B.ネイションの現在、みたいなハナシになっちゃったな)! ザ・ビーチズに改称した事も知らなかったクセに、僕はファンであると言って憚らない(笑)。
ザ・ジェリー・リー・ファントムの'99年のライブの映像が、今youtubeで観られる。曲目は「Dr. Lee Ryder」。ポップで軽快なのに、野太いボーカル(ルックスは華奢なのに)。限り無く黒いのに、ロックかファンクかと言ったら(ロックンロールは黒人音楽だけど、ここでは便宜上区別して書く)あくまでもロック。そこにピアノが絡む。ああ、パンク・バンドのピアノはどうしてこんなにも美しいのだろう。 ライブなんてもう何年も行ってないな。この映像にはライブの快楽が封じ込められている。削除される前に観るべし(「The Jerry Lee Phantom」で検索すればいいよ)! 専門分野を扱った漫画の作者が、原作者と作画担当に分かれていなくて驚く事がある。驚くのは、扱っている分野の詳細さと作画レベルの高さを共に備えているからで、だから青木幸子『ズゥキーパー』第2巻で、作者に下手だの地味だのという批判がある事が語られていたのにも驚いた。主人公はおとなしめなルックスとはいえ美人だし、彼女をはじめ人物は皆個性的だし、各動物達の再現度も十二分だと思うのだが、どうか。
絵柄や画力のハナシなんてイイんだよ。 人の好い新米女性飼育員が主人公で、人情話に陥らない所がもう稀有だが、シビアだが好奇心(そもそもシビアさと矛盾しない)旺盛な園長や、園長とも主人公とも異なる信念(と個性)を持った各先輩飼育員達の存在が、この作品の冷静なバランス感覚を生み出している。 即ち、現実のシビアさ/リアリティーとドラマの醍醐味/エンターテインメント性が矛盾していない。 更に。リアルな世界観と裏腹に、主人公には温度が視認出来るという特殊能力が与えられている。 リアルな作品に、そんな超能力を持ち込む事を嫌悪する向きもあるだろうが、待ってくれ、サーモグラファーの目なんて、こういう専門科学ものじゃなかったら、使い勝手の分からない、意味を成さない能力だ。 非現実的な要素をリアリティーを増す為のギミックとする作家は間違い無く達人だ。 「「物をつくる(物をとる)」=「売る」=「買う」 これは流通の基本です。3つは相互関係です。とってくる者がエライだなんてとんだおごりです。あえて誰かがエライと言うならばそれは買ってくださるお客様に他ならない」
高倉あつこ「山おんな壁おんな」は、タイトル通り、胸が大きいだの小さいだのという話題が恒常的になされるコメディである。 が。 冒頭に掲げた台詞は、百貨店店員である主人公の片方が、故郷の漁師達(含母親)の「売ってる奴より獲ってくる者がエライんだ」という物言いに対してした反論で、これこそがそのまま本作のテーマだ。 骨太なテーマをコメディに落とし込めるとは、即ち、タフな作品だって事だ。 所で、本作は“ツートップ主人公を謳いながら事実上片方は準主役”タイプの作品には当たらない。周りの人間(含読者)から見て素性も思考も謎の主人公像というのがあるが、そのタイプの主人公を、物語をその視点で進める一人称タイプの主人公と並立させるというスタイルを実現しているのだ。 「町は一回しゃがむと全く違った景色並ぶの 末端担った時のアナウンサー ほのぼの顔で楽しそう」
僕も地面に座り込んでいる若者など見ると眉をひそめるクチだが、そんな若者からのアンサー・ソングというのも存在する。 「町は一回しゃがむと全く違った景色並ぶの 発達しちゃったアジア ならず者のボロボロ長ズボンの裾 恥じらいも無く学ぶと やっぱ筋が合った友と鼻歌 末端担った時のアナウンサー ほのぼの顔で楽しそう」 (降神「ジベタリアン」) 僕も昨今の若者のある種の行為とか流行りとかを訝るクチだが、しかし、上掲の最後のラインなどにはニヤリとさせられる。大変小気味好い。 降神の志人をフィーチャーしたスイカによる別バージョンも聴いてみて欲しい(「コインサイド」収録)。このどこか物悲しい辻語りが都市の地べたの真実なら、ニュース番組のレポーターは何も伝えてはいない。 |
CATEGORY
≫ 私的 (30)
≫ 日記 (75)
NEW
COMMENT
TRACKBACK
LOG
PROFILE
LINK
TOOL
PRODUCE
BANNER
|
||