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このタイミングでこんな事を言っても、講談社から何かもらえる訳でもないが、高倉あつこ「山おんな壁おんな」はやはり面白い。
シリアスなテーマを扱っても軽いコメディの雰囲気を保ったままなのがいい。 『イブニング』誌今号(No.14)掲載話では、主人公コンビの片方、如何にもマンガっぽい、非現実的な位に天真爛漫なキャラが現実のレベルに引きずり出される。まるで「スラムダンク」の如く(リアル高校バスケの世界に桜木花道を放り込んだが如く)。特異な人物像の“現実に居たらどんなだろう”という解釈もフィクションの醍醐味だ。 が、その醍醐味がT.V.ドラマ版で再現されるだろうとはやはり期待していない。 「軽快トークでもめ事ブロック。すりぬけ系のコミュニケーション
主な特徴 よくしゃべり、よく笑う、愉快な人です。 周囲に対し、気を使ったりするのがうまいので 誰とでも仲良くなるのかと思いきや、 自分のプライベートな話をするのは 意外に好きではなかったりして 相手に不意にココロの壁を感じさせます。 べったり付き合う友達関係を好まず ヒトに相談事をすることもあまりありません。 会話は楽しく。 スイングするような 愉快なコミュニケーションをしたいというヒトです。 だからあまりヒトのプライベートにも ハナをつっこむようなところがなく、 仲良くなってからも なにかまだ秘密があるような・・・ そんなミステリアスな印象をあわせ持ちます。」 …。 キャラミル研究所という所が、ツキアイゲノムの判定というのをやってる(http://www.charamil.com/matrix/)。 人の、コミュニケーションに於ける特徴を「ツキアイゲノム」と称し、表面に表れる話し方のクセを「オモテゲノム」、内面の考え方のクセを「ウラゲノム」として示す。 今回、阿佐ヶ谷村(あさがだにむら http://www.netlaputa.ne.jp/~qapla/asaga/)・茶月夜葉村長から回ってきたバトンは、まずこの性格分析を行って、その結果を基に回答するものだ。 @貴方のツキアイゲノムは何ですか? @このタイプの特徴は・・・ @どんな点が当たってる or 違ってると思う? @オモテゲノム、貴方の知り合いにはどのタイプが多いと思う? @ウラゲノム、貴方はどのタイプに憧れる or なってみたい? @この人のツキアイゲノムが知りたいな!を5人 @貴方のツキアイゲノムは何ですか? ウラゲノム(考え方のクセ): 「ナイト」・「インスペクター」・「フィーリング」 オモテゲノム(話し方のクセ):「スマート」 @このタイプの特徴は… ●人にモノを頼まれると燃えます。(ナイト) ●基本的に『文句言い』です。(インスペクター) ●ふやーっとモノを考えるのが好き。(フィーリング) ●話好きだけど、お互い あまり詮索しすぎない距離が好き。 @どんな点が当たってる or 違ってると思う? ・「ナイト」は全く確実に当たっていないですね。全く当て嵌まらない(苦笑)。 ・「インスペクター」はドンピシャです。まさに、男らしいという事を言う際に「「漢」と書いておとこ」って言うけど、「漢」は「痴漢」とも使う様に単に「男性」って意味でしかないから、「「雄」と書いておとこ」って言う方がいいんじゃないの?とか、何で同じ高校生の部活動なのに野球部の全国大会だけ特別扱いなの?とか、そんな事ばかり言ってる僕の事です(苦笑)。 但し、この「インスペクター」の説明(参照の事)、好意的に解釈し過ぎですよね。「あんた、ただ文句言ってるだけじゃん」…この一言のみが真実でしょ(苦笑)。 ・「フィーリング」の説明(参照の事)は、「インスペクター」と矛盾する様な気が…。 @オモテゲノム、貴方の知り合いにはどのタイプが多いと思う? 多いかどうかは分からないが、意外に「ホット」が居る様な気が。 @ウラゲノム、貴方はどのタイプに憧れる or なってみたい? 「ピュア」(爆苦笑)。 @この人のツキアイゲノムが知りたいな!を5人 ・四方俊男君。 ・Shin-ya君。 ・サエッキー。 ・エルリッヒ君。 ・復活したIchi-yow君。 さて余談。 このツキアイゲノムが他の性格分析と異なるのは、こういう内面“だから”こういう外面、という短絡でなく、実は因果関係があるとしても一見矛盾するか少なくとも無関係そうな組み合わせを成立させている所で、そこにリアリティーを感じる。“こう”だから“こう”なんて、人の内面とその表面化は単純ではないだろう。 故に、いつもは性格分析なんてフリーサイズ効果もいいトコだろうと思って気にしない僕も、今回はちょっと気になったりする。というか、ちょっとシャレにならない様な(苦笑)。 性格分析なんて軽く楽しむもので、こういうリアルなのはヒくなあ(苦笑)。 更に余談。 「スマート」と「クール」が別のタイプとして設けられてるのもリアルだと思わせた一因。で、「クール」が僕でなく茶月さんだったのが、何か、良かった良かった(笑)。もう「冷たい」とか言わせないゾ☆ 「日本のウィル・スミス? はいはい」なんて言ってたけど、ユウ・ザ・ロックと同じ間違いを犯してるぜ、「歯に衣着せず」の「衣」は「きぬ」って読むんだぜ…。
なんて細かい事が気になるのは僕の悪い癖だ。ザ・ブルー・ハーブの3rdアルバム「Life Story」は先行シングル「Phase 3」で示した通りの出来栄えだ。そしてライブも―。 6/2(土)タワー・レコード新宿店イン・ストア・ライブ。林立するC.D.棚とギュウギュウ詰めの客の前に、やってきたぜ、ブルーハーブ札幌が! 最初に出てきたD.J.ダイがぺコリと頭を下げる。ニコリともせずともすればふてくされている様にも見える顔つきと謙虚な立ち居振る舞いのギャップが好ましい。続いてボス登場。O.N.O.は居なかったので、この日のステージはこの二人で進められた。 「決して恵まれた声量とは言えないが、正確なブレス・コントロールとリズム感で送り出されてくるその声は、スリリングな即興アレンジの妙と相まって、“ラップ”というヴォーカル表現を好んで聴き込む者にとってはこのうえない快楽となる」と磯辺涼氏が語っていた通り(『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』)、極力シンプルでタイトなトラックに、吐息の混じり方・掠れ方・強弱が絶妙にコントロールされた肉声が乗るのを聴くのは、全くこの上無い快楽だ。ループする四分の四拍子と肉声、ラップを否定する言説・ラップを嫌悪する嗜好の存在が、僕には解らない。 僕が今迄に知るライブ/音楽のコンサートの内で最上と思うのは、ビデオで観た、ブルーハーブが'99年に六本木のコアで演ったライブだ(次点が'96年のナチュラル・ハイで観たボアダムス)。 今回初めて生で観た訳だが、僕はライブで盛り上がるタイプの客では無いので、ただボーッと聴いてた。故に曲間のボスのM.C.なども余り覚えていないが、ボスはパフォーマーとして熟練していると改めて思った。彼等アンダーグラウンドのエンターテイナーの凄い所はそれが全て各人の自己流だって事だ( 「D.I.S.」の「目を見りゃどんな奴かは伝わる」ってラインの所でサングラスをはずす位の事は当然やってみせる)。 そういえば、M.C.で「すすきのの路上から」って言ってた。すすきのの路上から、彼等はここ迄やってきた。 p.s.もし、僕を十分に信用出来ないなら(苦笑)、スペース・シャワーのサイト(http://www2.spaceshowertv.com/DAX)のザ・ブルーハーブ特集(「THA BLUE HERB SPECIAL」(~6/22迄))で、'99.5.2の「AMENIMOMAKEZU」のライブの映像を観るといい。これが日本語の本当のラップだ。「AMENIMOMAKEZU」というだけあって、このライブでは最後のバースで宮沢賢治を引用している(「告別」)が、宮沢賢治にはやはりこんな血を吐く様なスポークン・ワーズが最も似合う。 先日のコミティア(コミティア80)にてサークル東山神兵の新刊を買う。あらゐよしひこ『チャーリーの一方的な走馬灯』。
まず、後書きのコメントの印象から語ってしまおう。あらゐ氏の物言いが、珍しく冷静さを欠いている様に見える。これまで、どんなテーマについても一般論的な語り口から逸脱しない冷静さを保っていたのが、大量殺人者…今作の様なゲームの様に人間を射殺す類の殺人について語る時、興奮気味になっているのが興味深い。 ともかく、僕はいつもと違って、今回のあらゐ氏の語りにはちょっと共感出来かねる、と言うか距離を感じてしまう。 で、本編は―。 状況描写としては、通行人を高みから狙撃する大量殺人を描いただけで、氏の作品らしからぬ単純さであるが、社会通念も法も足枷にならぬ者の前で我々一般市民が如何に無力であるかが実も蓋も無く暴かれるのは確か。物理的には僕等は何からも守られてはいないのだ。 結局、僕は狙撃者(主人公)に感情移入出来ないので、そういう感想になってしまう。そういうものとして効果があった。 しかし、あらゐ氏の作品にいつもある痛烈な批評性は、今作に於いてはそこではないんじゃないか。では大量殺人者をそれたらしめる背景の何たるかを問題としたかったのか? 僕にはそれは伝わってこない。だから、「一方的な」って付いてる。結局、あらゐ氏はいつだって冷静でしかあり得ない。 正直、1ミリも面白くないなぁと思いながら、何故か毎週結構楽しみにして観ている「DARKER THAN BLACK」。
如何にもな設定/世界観、如何にもなキャラ・デザ、如何にもなストーリー…。 ただ、そんな外観に包まれながら、その実、いわゆるアキバ系なんかとは程遠い所に存在する、腐れた世界と人間のクズの様な者達のミもフタも無い救われない物語の様相を呈している(主人公が大食らいだっていう設定も、コメディ・タッチのエピソードの時までおかしみを感じさせる事は無かった)。 つまり、いよいよヒロイズムなど幻想だという事を示すヒーローものが登場したって事なのか? そうなのか? 前項で、是非を問わず存在するのみで強烈な批判となり得るものが存在する、と書いた。
ふと鶴見済『完全自殺マニュアル』もそうだったと思い出す。 かつて読んだ記憶だけで記すが、事実上自殺の方法を紹介・解説するだけのこの本は、自殺を望む者に、“あ、それなら首吊りが一番いいですよ。服毒はお勧め出来ない。割腹は絶対やめた方がいいですよ”と具体的に指南する訳だが、それは逆説的な自殺志願批判となる。 が、鶴見氏は、自殺という選択肢もアリだと示す事で、生き易くさせるという意図で書いたと語っていて、これは即ち、ともすれば自殺志願者をただ追い詰めるだけの自殺否定論への批判である。 自殺志願者と自殺否定論者という相反する両者への批判となり得るという矛盾が何故成立したかというと、この本が自殺志願者に生き易くさせるという目的を、何より実効を求めるが故の従来の社会通念を度外視した方法で行ったからだ。それは頭ごなしな自殺否定論者への批判となる。 真摯な本だった。 |
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