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小石川ふに『ゆるユルにゃー!!』第1巻発売で、フニッパーズ(ふにさんのファンをこう呼ぶ。嘘。呼ばない)は結構な盛り上がりな様。
ほのぼのとした作品にささやかな毒が無い場合、深みが無く思える事がある。 ふに氏の作風というのはそれと違って、そのキャリアの初めのレディス・コミックから(いつかの『コーヒーブレイク』誌に掲載された作品がデビュー作なら、男性誌の方が先って事になるけど)一貫して、柔らかく優しい世界観を極めて自覚的に描いていて、その為に手放しのほのぼの漫画と違って、冷静でニュートラルなスタンスを保つ。 「誰ひとり居ない深き森の奥にあるという…迷いの森の門!!」 「誰ひとり居ないって少なくともコレ手入れしてる人居るだろ?」 普通、それは、物語から夢を奪い、ほのぼのした漫画ならほのぼのさに水を差し、ブッとんだ漫画ならその勢いを殺ぐ事になる。 が、それはテンションを一定に保つという事でもあり、変わらない日常を描くなら、それは似つかわしい。お笑いが、常識を踏まえていてこそ笑える様に、夢物語も現実的解釈を経てこそ安心して読めるのだ、とも思える。 ふに氏は確かに他に無い1ジャンルを築いていて、それには少なからぬニーズがある筈と思っていたが、氏の作風の象徴とも言える本作が特に話題になるのも無理は無い、かも(…寧ろ、この作風のままレディス・コミック/過激な恋愛を描いているという事に改めて驚いた(笑))。 特に書く事も無いので。
先月位にテレビで「8mile」をやってたのを録画したまんまにしてたんだが、やっと観た。 随分前の映画だし、ネタバレなど気にせず話す。 若いラッパーがバトルで勝つっていう、そのまんまのサクセス・ストーリーで、なら、いつかのBボーイ・パークのM.C.バトルで、M.S.C.のプライマルが対戦相手ではなく審査員のハブ・アイ・スクリームを延々罵倒し続けたとか、更にその大会では同じM.S.C.のカンが大会自体を批判しながら優勝してしまったとかって話を聞いた事があるけど、事実は小説より奇なりだなぁ、って…。 いや。この映画の見所はそういう点じゃないのかも、とも。 エム演じる主人公のラッパー、ラビット青年はホワイト・トラッシュ―アメリカの白人貧困層。「マジムカつく 上級生がお袋とセックス」 彼がライバル、パパ・ドックの出自を暴いてみせるのは、この映画に対してある、白人がブラック・カルチャーでまで勝利を収めようという企みだ、っていう批判へのエクスキューズにはなっている。 「お上品な私立学校出身 ギャングスタが笑うぜ」「家族はみんな仲良し 一緒に暮らすペアレンツ」 「俺はホワイト・トラッシュ 文句あるか」「お袋とトレーラー住まい カネもない 大きなお世話だクソどもめ」 もし、このカルチャーがどん底の下層民の魂の叫びなら、白人も黒人もない、この2人のどちらがこれに相応しいだろうか? という意味での。 この映画を撮った者の意図がどうあれ、主役を演じる彼自身にとってはただ事実でしかないのだろう。 サクセス・ストーリーと言ったって、まだたった1回地元の大会で優勝しただけだし、ホールを沸かせた後工場の夜勤へと戻ってゆくラストは、地に足が着いている。 先日のコミティア(コミティア83)より。
文學館発行の大鰺温州『先生と呼ばないで…』。 検査技師漫画だ。後記で「大変に脚色して(←重要)描いています」「特定の病院の特定の出来事ではない」と述べられているが、極めて実録風の漫画だ。 シンプルな絵柄による所も大きいのだろうが、内容の全てが淡々としている。 採血の練習で「突き抜けた」「え!?」とかは序の口、ある意味お約束の作業中のガス・バーナー大炎上や、技術に問題のあるベテランの役職者への引導渡し(「細菌の染色はさあ、あいつらに任せてやってよ」)等々、生々しいエピソードばかりなのだが、それ等全てが淡々と、飄々としている。 この作風のお蔭で、相当専門的な内容なのに苦も無く読める。 実状をただ、淡々と描く―リアル派であろうとディフォルメされていようと、インパクトを強く演出される商業作品と好対照の表現であると言えるかも。 お天気お姉さん発行の青空まひる・パセリちゃん・ポコみん『性風俗ハンドブック』『Have a Good time 4 風俗嬢の待機室編』。 前者はガイドブックの体裁、後者は4コマ漫画がメインの本だが、内容的に両者とも性風俗紹介本だ。 現役風俗嬢による内情本であるけれども、利用者にとって意外な事実は特に描かれていない、と思う。 前掲の検査技師漫画と同様、商業作品の様に何かの点を過度に演出したりはしていない。 不人気嬢への「待機室で人気嬢の悪口言ってるヒマあったら努力してもっとサービス頑張りましょう」(『Have a Good time 4』)ってのはキツイが(笑)。 デジタルボウイズ発行の男マン『ねわざもの。』。 中高生らしき少年2人が、昼放課に体育館の倉庫で寝技のスパーを行う様を描いた漫画だが、これは1年前に出されたもののリメイクか。 今回はそれに比べてぶっちゃけショタ度がアップしている(笑)。 男マン氏=ショタの人、という認識のファンは実際に居るのだが、今回の寝技格闘技漫画はその事に全く自覚的に描かれた。 それは先日のショタスクラッチ5に本書を委託販売したという事と、男の子の乳首にスクリーン・トーンを貼っている事からも分かる(笑)。 メインの格闘シーンも、比較的劇画タッチの昨年発行のバージョンと違って、そのテの雰囲気が強くある。 その辺の氏の思惑は知らないが、格闘技ウォッチャーとしても有名な氏の作品だ、これを本格格闘漫画として期待して読んでいい。 何故グラップリング漫画って、無いのか(プロレス漫画以外は柔道漫画がチラホラとあるだけ)。『グラップラー刃牙』の主人公は、どっちかと言えばストライカー(打撃屋)だし(注:板垣氏は「グラップラー」を「組み技屋」でなく「格闘士」の意味で使用している。また主人公は「トータルファイター」であるとしている)。 男マン氏が描かなかったら、柴田ヨクサル氏に小西兄弟(「谷仮面」の小西と「エアマスター」の小西)を主人公にした漫画を描いてもらうしかなくなっちゃう。それ位、本格派だ。 格闘技のイメージはともすれば凄惨で悲壮なものだが、それとは全然違った健全な力比べ・技比べの世界を観る事が出来る。 上掲各サークルH.P. ・「文學館自動車部「R135」」 http://www17.plala.or.jp/r135/ ・「お天気お姉さんHP」 http://aozoramahiru.hp.infoseek.co.jp/ ・「デジタルボウイズ」 http://www.otokoman.com/ また捕まったよ岡村ちゃん、クスリで…。
ガッカリだが。 ちょっと前に、同僚がyoutubeで岡村ちゃんとフリッパーズが共演してる映像を観たというので見てみたら、案の定、いつかのN.H.K.「ジャストポップアップ」の映像だった。 フリッパーの2人の、テレビを全く有難がっていない態度が小気味好い。いや彼等の事なんてどうでもいい、岡村ちゃんの話だ。 当時の映像を幾つか観る。「聖書(バイブル)」の、「なんで35の中年と恋してる 学校じゃもちきりだよ その事で」というフレーズが懐かしい。これを聴いた頃、友達と「絶対持ち切りなんかじゃない。自分がそのコの事を好きだからそう思うだけで、一人の女子の話題で学校中持ち切りなんて事はあり得ない」とか言ってた事を思い出す。 「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」についても、「多分、女の子にしてみれば「ふーん」って思う位だろう」とか言ってた(笑…でも、ライムスターの宇多丸師匠は「いや応援したいイズムってのは大きいよ。ユーミンに“ノーサイド”って曲があるじゃないですか」「格好いいって思っちゃうらしいね……スポーツをしてる男は格好いい……これはどうなんですかねえ?」(『ブラスト』'02.04,p139)って言ってたけど、どうなんだろうね?)。 かつて岡村ちゃんは、引き籠もった理由として、ブルセラだの援交だのの出現によって女の子に失望したから、という様な事を言ってたけど、これが本当なら、彼の歌ったピュアなラブ・ソングは全て本気だったって事になる。 即ち、彼程に信用出来るポップ・シンガーは居なかったのだ。 特に書く事も無いので。
ガンダム登場前のいわゆるヒーロー・ロボットもの(スーパー・ロボット)の直系の子孫は、ガンダム以降のヒーロー・ロボットもの(スーパー・ロボット)とリアル・ロボットもののどちらか、と言ったら、後者だと思う。 何故か。ガンダム―リアル・ロボットもの登場前のヒーロー・ロボットもの(スーパー・ロボット)は、一端のS.F.として作られていた筈だからだ。 リアル・ロボットものというものが別枠で成り立つなら、そちらこそがリアルS.F.であるとして認識されたが故に、かつてのヒーロー・ロボットもの(スーパー・ロボット)の表面的なスタイルを踏襲するものがまた別枠で新たに起こされた、それが現在のヒーロー・ロボットもの(スーパー・ロボット)なのだ、と思う。 「地球防衛企業ダイ・ガード」は明らかにリアル派だが、主役ロボのデザインだけ見ればスーパー・ロボットである。このロボットはあくまでリアルな(リアル過ぎる)重機なのだが、外観は典型的なスーパー・ロボット風に作られている。これは今回語ってる事柄のパロディである、と言えばその通りだが、かつての、ガンダム登場前のロボットものにこの様な解釈で作られた作品もあった筈だ。 さて、次に。僕の個人的なハナシを。 僕にとって巨大ロボットとは、お決まりの殺陣でも必殺技の名前を叫ぶ事でもなく、「コンバトラーV」のE.D.で歌われている通り“巨大な機械”という事だった。 故に、僕にとってのロボット・アニメの決定版とは最初の「機動戦士ガンダム」だ。 ランバ・ラル編の、沙漠のシーンなど思い出してみて欲しい。 グフがトレーラーから起き上がったり、アムロが砂中に隠しておいたガンダムのコクピットに乗り込んだりするシーンは、今思い出してもドキドキする。僕にとってはこれこそが巨大ロボットものの醍醐味だ。 事もあろうにあと2日、今月末で閉鎖されるサイトを紹介する(笑)。
僕の友人(サイト上ハンドルネーム等の記載無し)の、1ヶ月強の東南アジア旅行記「タイ・インド・ネパール・スリランカの旅」(http://www3.ocn.ne.jp/~nt7217/) 。 ・タイ編:バンコク ・インド編:コルカタ、ブッダガヤ、ヴァラナシ、デリー、アーグラー、ジャイプル、ジョードプル、ジャイサルメール ・ネパール編:ポカラ、カトマンズ ・スリランカ編:コロンボ、キャンディ、ダンブッラ~シーギリヤ、ポロンナルワ、アヌラーダブラ、ニゴンボ、ヒッカドゥワ、ゴール この記載順はそのまま彼が訪れた順だ。ゴールがゴールなのがニクイと言えばニクイ(笑)。 1ヶ月で回るには多いのかどうなのか僕には分からないが、この旅行記からは駆け足の印象は受けない。 分かるのはどこへ行ってもウソツキ・タカリばっかりだって事か。 「「悪いけどガイドはいらないんだ。金は払わないよ」 「分かったよ。でも僕らは学生で、勉強しようにも道具がないから、少し助けて欲しいんだ」 そうかそうか、ビハール州の識字率にも貢献しなければな。僕はメモ帳を10枚くらい引きちぎり、それを渡して肩を叩き 「勉強しろよ!!」 と言ってやった。少年達は苦笑すると、それきりついてこなくなった」 インド編/ブッダガヤの項より…って仏教の聖地でこんな感じ。 真っ当なサービスを受けるのも必ず化かし合いの後だし、彼は最後にこんな旅行も行ってしまえば何とかなると書いてるが、この生々しい、今そこを自分が歩いてる様にすら感じさせる程臨場感のある文章が僕に与えるのは不安だけだ。 僕はここ―日本という温室―でしかやっていけない、いや、ここでもこの先やっていけるのか。 彼がこの位の長期の旅行を出来たのは、サラリーマンを一旦辞めてプーになったからで、今はまた職にありついた。その仕事の関係で、彼はまた遠くへいってしまう。 僕は「「頼むから俺も連れてってくれよ」と」(ザ・ブルーハーブ「路上」)去ってゆく観光客を見つめている路上生活者と変わらない。 |
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